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Value / 私たちの価値観

■Co-ducationは【共に育む】

Co-ducationというのはCo【共に】とEducation【教育】から創った造語です。
共に教えあい、学びあい、共に育む。
あなたの悩みは私の悩みでもある。あなたの喜びは私の喜びでもある。
Co-ducationにとって最も大切な価値観の一つです。

■Co-ducationは【全力を尽くす】

Co-ducationはいつでも全力を尽くします。
もちろん休む時も全力で休む(笑)。
全力を尽くすというのは、できない理由を挙げるのではなく、今できることをやるということ。
他人や環境のせいにするのではなく自分にできることを実行すること。
将来のために今を犠牲にするのではなく、今を大切にすること。
逆に現在のために将来を犠牲することなく、今に複雑さや矛盾を自分の中に統合して生きること。
自分の力がどれほど些細で、悲しいほどに影響力が小さかったとしても、一歩を踏み出すこと。

■Co-ducationは【価値の遍在を信じる】

どのような状況であっても、どんな予期しない出来事が起ころうと、
どんな悲しい出来事や辛い出来事があったとしても【そこにも必ず価値はある】と信じること。
どんな情けない、自分を恨みたくなるような経験も、必ずそれを反省し自分のものにし、
それを経験したことを無駄にしないこと。
もちろん、楽しいこと、嬉しいこと、泣けるほど感動できること、それもまた素直に、自然に受け入れること。
愚痴ばかりの人に出会って、その人を見捨てるのではなく、
自分の全力を尽くしてその人を理解しようとすること。その愚痴に隠された価値を知ろうとすること。
第一印象で価値がないと思ってしまっても、そこに価値があるはずだと探求すること。

■Co-ducationは【自分の動機を吟味する】

自分の動機が本当はどうなのか、常に吟味する。
それは本当に相手のためのアドバイスなのか?
自分が凄いと思われたいだけではないのか?
この自分の不機嫌は、本当に相手の欠点から来るものなのか?
自分の不安や焦りをぶつけているだけではないのか?
本当に今日は相手の話を真摯に聴くことができていたか?
聞いているフリをしてほかの事を考えていなかったか?
人間ですから、完璧になどいきません。
邪まな気持ちがゼロにできるわけでもないでしょう。
しかし、それがあるのだということを認知しているかどうかは大切なのだと信じています。

■Co-ducationは【影響範囲を考え続ける】

自分のこの発言は、この人にどういう影響を与えるだろうか?
この人は友達になんて話をするだろうか?
それを聞いた友達はどんな気持ちがするだろうか?

どうして僕はコンビニでお茶を買えるのだろう?
誰が作ってくれたシステムなのだろう?
このお茶を僕が買えるようになるためにどれだけの人が仕事をしてくれているのだろう?
この店員さんがレジを売ってくれなければ、僕はお茶を買うこともできない。

自分が今ここにいるのに、今までどれほどの出来事や人から影響を受けてきただろう?
親から教わったこと、あの時のあの先生のあの一言、あそこであの友達に出会えたこと、
あの本のあの台詞どれだけ救われ事だろうか?
あのアーティストのあの音楽に、どれほど刺激を受けただろうか?

■Co-ducationは【自分の限界を知る】

自分の限界を決めてそこに安住するのではないが、自分ができることの限界をいつも認識しておくこと。
自分にはできないこがあることと、助けが必要なこと、いつも支えられているから生きていられること、
自分だけでできることなどないこと、そういうことを忘れないこと。

■Co-ducationは【決して歩みを止めない】

完璧などない、この世で生きている限り完璧などありえないだろうと思います。
でも完璧を目指したい。完璧を目指して、歩き続けることを決して諦めない。完璧になることではなく、
完璧に近づこうとするその美意識やプライドに深い価値があるのだと信じる。

決して満足しない。もう十分だとは思わない。命が尽きるまで、生ききる。
生きる、ダイナミックでアクティブなその存在は、変化し続ける、成長し続ける、好奇心を持ち続ける、
だから生きていると感じられる。
決して全てを分かることなどない、問題が尽きることも、成長の余地がなくなることもない。
命の限り、生きつづける。